2015年9月16日水曜日

マツダ・ロードスター 反対論者の正体

  最近やたらとカーメディアを賑わせている!・・・ってほどじゃないですけど、ちょいちょい目に付くのが、マツダの新型ロードスター(ND)への華麗なる「掌返し」・・・つまり「ダメ出し」です。よく見てみると有名雑誌のメインコーナー(序盤のカラーページ)に偉そうに登場して最新高級ブランド車をあれこれと弄んで気ままに提灯記事を書いているような顔の売れたライター達がやたらと躍起になってディスっています。どうも4代目となるNDロードスターは、原点回帰というマツダが請け負った使命感の結晶などといった建前を取っ払ってしまえば、脂でギラつくオッサンライター達にとってはお気に召さないただの貧相なスポーツカーに映っているようです。

  それにしてもライトウエイト・スポーツカーの王道なのだとわかった上で乗っているであろうに、一体いまさらに何の不満があるのでしょうか? あれこれとオッサン達の言い分を読んでみると・・・「マツダは完全に図に乗っている」「使い方なんてユーザー任せでいい(メーカーがストイック過ぎる)」などと、今回に関してはマツダの専横っぷりにだいぶイライラきているご様子です(試乗会でマツダのエンジニアにバカにでもされたのかな?)。

  「ハンドリングが相当にクイックで落ち着いて運転できない!」といったご意見もありましたが、ユーザーを代弁した意見だとしてもちょっと酷過ぎないかいう気がします。スポーツカーに乗ってそう感じるのであれば、もっとゆったりとした船のようなハンドリングの高級セダンにでも乗っていればいいのでは? まあコレに関してはハッキリ言ってユーザーもライターもメーカーもみんな悪いですね。それぞれに重大な勘違いしていると思います。3者がいずれもオッサンである!ということが最大の不幸であり、本来は若者が楽しむスポーツカーをいい年したオッサンが設計し、オッサンが買い求め、オッサンが代弁したことで、こういう情けない行き違いが起こるんですね(若者不在)。3者ともにまだまだクルマに関してなら若い者には負けない!みたいな自負があるのでしょうけど、体が・・・。そしてマツダもオッサンばかりが買うと知っていながらも若者向けに仕立ているわけです。

  もっとマイルドなハンドリングにしてゆったりと使えるクルマにしろ!というのはユーザー目線で悪気が無い意見とも言えますが、ハンドリングがとぼけたロードスターに価値なんてあるの?という気もします。前回の東京MSで「アクア・エア」というアクアのリトラクタブルハードトップモデルが公開されてましたが、ロードスターもハンドリングをユルくすれば自然と使い道はアクア・エアみたいになってしまうでしょう。これは少々飛躍があるかもしれないですが、マツダのストイックな姿勢にわざわざ後ろ指を指すライター達は、アクア・エアみたいな気の利いたクルマ作ってくれたほうが喜ぶ人は多いよ!っていう主旨でマツダをアジっているのではないか・・・当たっている?

  クルマとしての個性を突き詰めることはせずに、とにかくユーザーの使い道やイマジネーションは無数にあるという「ユーザー任せ」という結論がまかり通るならば、自動車評論家なんていらないんじゃないですかね。メーカーがあらゆる原理を突き詰めて作った超絶スペックのスポーツカーに優劣を下すのが自動車評論家に求められる仕事です。ぶっさいくなオッサンライターに「このクルマはデートにも買い物にも使える!」なんて言われてもなんら嬉しくはないですし、せっかくの興奮も一気に冷めてしまいます。

  おそらくロードスターファンの情熱にもっとも火を付けた評論家は沢村慎太朗さんでしょう。その著書では「ロードスターと911以外のスポーツカーは全て邪道!!!」とまで仰っております。マツダとしてはせっかく最上級のお墨付きを貰えたわけですから、いまさらトヨタが作ったのかホンダが作ったのかわからないようなロードスターを出せない!ということから力が入り過ぎたとは思いますが、やはりS2000やボクスターといった初代ロードスターが生んだ優秀なフォロワー達と比べてどんな点が優れているか?を明らかにするような評論を期待したいものです。

  「ロータスか?ポルシェか?マツダか?」・・・スポーツカーにロマンを抱き続ける人々にとって別格といえるのがこの3ブランドです。トヨタが86を、ホンダがCR-ZやS660を作ってそれらがすぐにヒットするのは、この3ブランドが20年あまりに渡って続けてきたスポーツカー作りが、日本の自動車文化の中にも深く根を張ってきたからです。1989年にロードスターが生まれ、1995年にエリーゼが、1996年にボクスターが発売されました。その途上にはトヨタがMR-SをホンダがS2000を作るなどがありましたが、「我々はスポーツカーブランドだ!」と胸を張って20年作り続けてきた三大ブランドの1つは間違いなくマツダであり、こんなレジェンドに対して、クルマの良し悪しや好き嫌いではなく、「トヨタ味にしろ!」という評論はあまりにも敬意を欠いたものを言わざるを得ません。

  ボクスターのシビアなハンドリングや、エリーゼの簡素すぎる内装には決して噛み付かないのに、ロードスターには「ハンドリングが過激で落ち着かない」「内装がイマイチ」と散々のダメ出し。さらには何があったか知らないですが「マツダは図に乗っている」という感情論・・・。日本メーカーに対するやや差別的なニュアンスはいつの時代のライターの文章にもヒシヒシと感じられることなので、いちいち目くじらを立てたりしないものですが、ロードスターに関してはやはり敬意を持つべきじゃないか?と思うのです(セルシオ、NS-X、スカイラインGT-Rにも!)。辛口で有名な英国メディアでも世界の自動車文化の興隆に大きな貢献をしたモデルへの敬意は決して忘れないものです。

  評論家はともかく、ユーザーからも「ピュアスポーツじゃなくてもいい」みたいなことを言われてしまうのは、マツダとしては少々つらいところです。マツダが考えるロードスターを作る意義とは、「走り」のみを追求した結果、使用法という意味で守備範囲が狭いクルマを中規模メーカーが「あえて」作るという選択には際どい経営判断が介在します。営業利益という形での貢献は少ないけど、マツダというブランドの存在意義を最も力強く伝える広告塔として大切に育ててきました。素晴らしいコンセプトのクルマが世界で大反響を呼び、そこに「ステータス」が生まれることで、雑多なユーザーがこのクルマに群がってきます。

  アメリカではロードスターユーザーの大半は女性だそうで、このクルマはオシャレな買い物車として使われているのだとか。もちろんマツダも先代ロードスターではそのニーズを理解した上で防犯上好ましいリトラクタブルハードトップのモデルを追加しました。まあこのことに関してはロータスやポルシェに並ぶようなポリシーを保ち続けることができなかった「汚点」といえるかもしれません。

  アメリカの女性だけでなく、日本のオッサンもロードスターに群がってきます。スポーツカーとしてのストイックさにはそれほど興味はなく「オープンとはラグジュアリーだ!」みたいな独自の価値観を振りかざす人々っていますよね。しかし残念ながらそういうオッサンこそがマツダが上手く取り込んでいるメインターゲットと言えます。先日も見かけましたが、メルセデスSLKに奥さん乗っけてドヤ顔しているようなオッサンです。オープンならSLにしてくれ!SLKにオッサンが乗るのはかなりかっこ悪い・・・。

  SLKもそうですが、ロードスターも決してどう転んでもラグジュアリーにはなりません。斜め後ろからのデザインを見れば、そのクルマが持っているキャラクターが浮かび上がる!とはよく言ったもので、SLKもSLも前からみれば似てますけど、斜め後ろはまるで「別人」です。SLKもロードスターもどう頑張ってもラグジュアリーにはなりません! それなのにオッサンライター達は、「優雅にクルーズできる」ロードスターを望んでいるわけです。まさかロードスターとソアラを同一視しているとは思いませんが、やはりボクスターの印象が強いのですかね・・・、あのクルマの斜め後ろは非常にラグジュアリーな趣きを湛えていますから。

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